第117回のWorker’s fileは、中高生向けの文学ジャンル・ヤングアダルト作品の翻訳家として第一線で活躍する代田亜香子さん。世界500万部を突破したミステリー作品『相続ゲーム』シリーズの翻訳秘話をはじめ、翻訳する上で大切にしていることなどを聞きました。

代田亜香子
英米文学翻訳家。神奈川県出身、立教大学英米文学科卒業。翻訳の仕事に興味を持ちつつも、大学卒業後は一般企業に入社。その後翻訳家を志して退職し、翻訳の専門学校に通う。現在は、ヤングアダルト作品を中心に翻訳。代表作に『プリンセス・ダイアリー』シリーズや、世界500万部を突破したミステリー作品『相続ゲーム』シリーズなどがある。
どんな作品を翻訳する上でも、原文の雰囲気を活かす。
1冊を通してのバランスを大切にする。
−仕事内容を教えてください。
私が行っている出版翻訳は、ノンフィクション・フィクションと大きく2つのジャンルにわかれていて、私はこのフィクションの中でも、ティーンエイジャーをターゲットとした“ヤングアダルト”というジャンルの作品を中心に翻訳しています。ヤングアダルト作品は、中高生が主なターゲットではあるのですが、幅広い年齢層にファンがいるため、一番多い読者は大人かもしれませんね。仕事の流れとしましては、出版社の編集者の方から翻訳の依頼をいただき、私の場合は1冊の翻訳に大体2〜3ヶ月かかります。原文をバーっと訳すだけで2ヶ月、文章を読み直して整える作業に1ヶ月という感じですね。その間にも前の作品の編集者の方からフィードバックが来て修正したり、次の作品を読んだりしているため、常に3作品くらいは関わっています。
−翻訳に興味を持ったきっかけを教えてください。
きっかけは『ちいさな うさこちゃん』という絵本で、皆さんが知っている名前だと“ミッフィー”です。今でも『ちいさな うさこちゃん』は出版されているのですが、私は小さい頃、ミッフィーのことを“うさこちゃん”で認識していたんです。中学生くらいの時に、“なんでうさこちゃんとミッフィーで名前が違うんだろう”と思って。『ちいさな うさこちゃん』はもともとオランダの絵本で、オランダ語では『ナインチェ』という名前なんですよ。その“ナインチェ”というのが、日本語で“うさちゃん”という意味になります。英語版で出版される際に、英語訳で“ミッフィー”となったのですが、日本で出版される際には翻訳者の石井桃子さんが『ちいさな うさこちゃん』と訳されたんです。石井さんが訳した“うさこちゃん”の方が、作者のディック・ブルーナさんの意思を反映した翻訳なんだと知った時に感動し、翻訳家という仕事を意識しました。
−現在の仕事に至るまでの経緯を教えてください。
学生時代の英語の成績は、AからDの中の“B”だったので、特に英語が得意な方ではなくて。大学で英米文学科に入学したのは、特になりたいものがなかったからなんです。本が好きだったということで文学部を選び、文学部の花形が英米文学科だったので、英米文学科を受験しました。入学後、英語の原書を読む授業があったのですが、授業だったので自分の興味からは外れていたのと、すごく昔に翻訳されたものなので、読んでも読みにくく、なおさら面白くなくて(笑)。その時に“私だったらこう訳すのにな”ってちょっと思ったんです。大学4年生の時には翻訳学校に行きたいなと思い調べていたのですが、数が少ないのと、学費がすごく高くて……。それで“就職して働いて、いつか自分のお金で翻訳学校に行こう”と思い、一旦は一般企業に入社しました。そこでの仕事は本当に楽しくて、気づいたら翻訳に興味があったことを忘れていましたね(笑)。だけどある日、翻訳書を読んでいた時に“私は翻訳がやりたかったんだ”ということを急に思い出して。会社を辞めて翻訳家になろうと思いました。思い出してからの1年間は、有休を消化しながら通信教育で翻訳を勉強していましたね。そして会社を辞め、今度は翻訳学校に通い始めました。翻訳学校に通っている時に、自分で訳したい本を仕入れるためにニューヨークに旅行へ行ったんです。その頃からヤングアダルト作品の翻訳家になりたかったので、スーツケースいっぱいにヤングアダルト作品の本を買ったのですが、帰りの飛行機で読んだ1冊が自分の心にズキュンときて。その作品のあらすじと、感想などの概要をまとめたレジュメを書き、翻訳学校の先生を通して出版社の方に持って行ってもらいました。そうしたらそのレジュメが通り、本が出版されることになったんです。それが私の翻訳家としてのデビュー作になりました。そこからは、同じ出版社からヤングアダルト作品の翻訳のお仕事を途切れずいただけるようになりました。それからしばらくは、その出版社の仕事を受けていたのですが、ある時、別の出版社から“リーディング”という仕事をお願いされて。この“リーディング”とは、翻訳家が原書を読み、あらすじや概要をまとめて出版社に提出するというものなのですが、その時に『プリンセス・ダイアリー』という作品のリーディングをやったんです。その『プリンセス・ダイアリー』がヒットしたこともあり、その後はいろいろな出版社のヤングアダルト作品の翻訳を依頼されるようになりました。
−『相続ゲーム』シリーズの翻訳が決まった時の感想を教えてください。
この作品は、見ず知らずの亡き大富豪から莫大な遺産の相続人に指名された女子高生・エイブリーが、秘密の通路や仕掛けだらけの大富豪邸で、4人のイケメン兄弟とその一族と一緒に過ごしながら、大富豪が残した謎解きゲームに挑むミステリー作品です。作品を読んでいない状態でお仕事のお話をいただいたのですが、作品の内容を調べたら、主人公は億万長者になる女子高生で、行った先にイケメン4兄弟がいる、その情報だけでワクワクして「やったー!」という気持ちになりましたね。私は翻訳する時に、自分の中でキャラクターを実際にいる俳優さんなどに当てて翻訳するんです。主人公になりきって訳すことが多いので、翻訳をしている時も、あの人とあの人が主人公の私を取り合う……とか、この場面だと私だったらこう動くなと、想像するのも面白かったです。作品自体もすごく面白くて。ヤングアダルト作品なので、中高生はもちろんですが、大人の方が読んでもすごく面白い作品だと思いましたね。
−『相続ゲーム』シリーズを翻訳する上で大変だったことを教えてください。
作品自体が長いのと、締め切りに追われるのが大変でした(笑)。翻訳をやっていて大変なことやつらいことを聞かれることがありますが、正直締め切りがなければ全くつらくないですね。翻訳という面では、この作品は英語独特の表現がすごく多くて、原文がすごく難しいんです。また謎解きもあるため、その謎解きを自分が理解できないと訳せなくて。謎解きを理解するのも大変でした。なので、一生懸命メモをして謎解きを理解しながら翻訳しましたね。
−『相続ゲーム』シリーズを翻訳する上で意識したことを教えてください。
“読みやすく”ということです。主人公のエイブリーは頭がいいので、いつも難しいことを考えていますし、4兄弟も頭がいいので、全員小難しいことを言っているんですね。そもそも原文が難しく、出てくる英単語も難しいので、そのままの感じで訳すと、すごく小難しい本になってしまうんです。そのため、わかりやすい日常語に翻訳するように意識しました。
−翻訳の仕事で楽しいことを教えてください。
楽しいことはいっぱいあります。本を訳している時は、登場人物がどんどん動き出していくので、動いているのを想像しながら形にするのがすごく楽しいです。もちろん、本が完成して本屋さんに並んだ時は嬉しいですし、読者の声をいただいた時など、嬉しいタイミング、楽しいタイミングはいっぱいあります。
−仕事をする上で持たれているポリシーを教えてください。
訳文の整え方で言うと、一冊通してのバランスを大事にしています。例えば『相続ゲーム』シリーズだと、難しい表現や、日本人には伝わらないジョークが出てきたりするんです。それをそのまま訳しても意味が伝わらないので、原文から意味が離れすぎないように、日本風にアレンジしたところがあったりします。逆に、ちょっとわかりづらいけれど、あえて原文の難しさを残したところもあって。どんな作品を翻訳する上でも、原文の雰囲気を活かすことを意識しています。
−仕事のやりがいを教えてください。
ヤングアダルト作品を翻訳する上で、読者であるティーンエイジャーの皆さんに、想像力を高めてほしいという想いがあります。想像力=思いやりだと思うんですね。共感力と言ってもいいのかな。想像力・思いやり・共感力は、ほぼ同意語だと思っていて。それらの力はやっぱり心が柔らかいうちに育んだ方がいいんです。楽しい想像をしていると、自然とそういう力が磨かれていくと思うんですよ。なので、私が訳した本を読んだ子たちが、想像力を磨いていってくれたらそれがやりがいになります。
−英語を訳すコツがあれば教えてください。
コツはいっぱいあるんですけど、それ以前に英文法ができていないと絶対に間違えます。そこを疎かにすると、誤訳だらけになり、作品として違うものができあがってしまいます。正確に訳すには、まず英文法の基礎がすごく大事です。私は留学をしたことがないので、今でも“ここは仮定法だから”とか、文法を考えながら翻訳しています。文法と外れた訳をしたら誤訳になってしまうし、誤訳し始めたらいくらでも好きに書けちゃうのでキリがないんですよね。誤訳をしないためにも英文法が本当に大事だと思います。
お仕事道具見せてください!

付箋
あとで見直したい箇所や、企画書を作成する際に必要なポイントなどに付箋を貼るそう。何かメモをする時は、可愛い付箋だとやる気がでるため、好きなキャラクターや推しの付箋を使用しているそうです。

翻訳家編
【リーディング】 りーでぃんぐ
出版社が海外の著作物を出版するかどうか判断するために、翻訳家が原書を読み、あらすじや感想をまとめた企画書を作成する仕事のこと。この企画書は、“レジュメ”、または“シノプシス”とも呼ばれる。
INFORMATION

世界500万部突破! ヤングアダルトミステリー3部作
『相続ゲーム』シリーズ
ジェニファー・リン・バーンズ 著
代田亜香子 訳
発行/日之出出版 発売/マガジンハウス
https://hinode-publishing.jp/info/inheritancegames-sp
