【インタビュー】レコーディングエンジニア・MIX師 小泉こいた。貴裕「リスナーが本当に聴きたいものは何なのか 常に考えて音楽を制作する」

第106回のWorker’s fileは、アーティストの音源を制作するレコーディングエンジニアの小泉こいた。貴裕さん。“歌ってみた”動画において、歌唱音源とカラオケのミキシングを行う“MIX師”としても活躍する小泉さんに迫ります。

【インタビュー】レコーディングエンジニア・MIX師 小泉こいた。貴裕「リスナーが本当に聴きたいものは何なのか 常に考えて音楽を制作する」

レコーディングエンジニア・MIX師 小泉こいた。貴裕
千葉県出身。スタジオレコーディング、PA、ライブレコーディング、それらのミキシングを中心に、歌ってみたのMIXなども行うマルチクリエイター。2000年頃よりさまざまなアーティストの作品を担当。写真はPA/ライブレコーディング時のもの。2022年には『一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会』を設立し、代表理事を務めている。

 

リスナーが本当に聴きたいものは何なのか 常に考えて音楽を制作する

 

💬仕事内容を教えてください。

レコーディングエンジニア、MIX師は、どちらも“サウンドクリエイター”という仕事の一種なのですが、仕事内容としては似て非なるものになります。一般的に、レコーディングエンジニアの仕事にはレコーディングからミキシングまでの工程が含まれています。レコーディングでは楽器ごとに良い音になるようマイクや設置方法を選んで録音します。録音された音は個々の調整ができるようバラバラの状態なので、スタジオでしか聞くことができません。これらを誰でも聴ける状態にする工程をミキシングと呼んでいます。⾳楽を作られている⽅の⾳源制作にゼロから関わるところが特徴です。一方、動画サイトなどで公開されている“歌ってみた”動画の音を専門的に制作するのがMIX師で、既に音として完成されているカラオケ音源と、歌い手が録音した歌唱音源をミキシングするのが仕事になります。仕事内容は美容師に似ているのではないかと思っています。

💬ミキシングをする際、基準となる数値等はあるのでしょうか?

“この音量にしなければならない”のような厳格な基準はありませんが、サービスやリリース方法にあわせた調整が必要です。自分の経験値をもとに、アーティストさんや楽曲にあわせて最適な状態に仕上げていきます。“ロックなのでワイルドな声にしたい”や、“ここはエコーを効かせたい”といったそれぞれのこだわりがあります。クライアントは音や仕事の進め方の好みが合うエンジニアやMIX師に継続して依頼することが多いので、ビジネスとしてはリピーターをどれだけ増やせるかが重要になってきます。

💬現在の仕事に至るまでの経緯を教えてください。

高校生の時にバンドを組んでいて、キーボードを担当していました。当時は自分たちで録音した音源をカセットテープやMDプレイヤーで聴けるように仕上げていたのですが、その録音や音作りが楽しいと思ったので、音楽の世界を目指してみようと思いました。音楽業界を目指してみようかなと思い、高校卒業後は東京にある専門学校の音響芸術科というコースに入学し、レコーディングエンジニアを目指して勉強していました。並行してやっていたバンド活動で出入りしていたリハーサルスタジオでコンサート音響などをする“PAエンジニア”の募集を見つけました。まずは音楽業界に入った方がいいと思っていたので、PAエンジニアとして就職するために専門学校を中退しました。1年ほどライブハウスで働き、アシスタントからPAに、さらにライブハウスでのレコーディングや映像制作なども経験しました。その後は一旦地元に戻り、楽器店でアルバイトをしていました。そこで音楽関係者や、楽器メーカーの方とコネクションを作ることができました。その流れから動画や曲を制作するコンテンツ東京の制作会社に入社し、レコーディングエンジニアとして働き始めました。その後は音楽制作も続けながら音楽関係のマーケティング仕事にも携わり、音響機器メーカーの製品企画・グローバルマーケティングや音楽SNSのマーケティングマネージャーを経て独立、2021年に法人化。2022年に『一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会』を設立し、代表理事も務めています。

💬『一般社団法人日本歌ってみた協会MIX師協会』を発足した経緯を教えてください。

最初は“MIX師”という言葉自体聞いたこともなかったのですが、徐々にSNSなどで耳にするようになりました。MIX師について調べていくと、“歌ってみた”動画のミキシングを専門でする人のことだと知り、面白いと感じました。スキルの範囲内なので、MIX師として活動するようになりました。“歌ってみた”動画では、作品の最後にクレジットを必ず入れてくれる文化があり、そこにMIX師として名前が載るんです。その文化を知って、“歌ってみた”の世界はMIX師などのクリエイターを尊重している世界だなと感じました。昔から、レコーディングエンジニアを理解してもらうのは、親やパートナーでさえ難しいと感じていました。しかし現在、歌ってみたを通じてミキシングという仕事に触れている人が増えている状況に可能性を感じました。MIX師という職業を通して、レコーディングエンジニアの仕事も知ってもらいたいと思うようになりました。そして、“MIX師”という仕事を目に見える形で残し今後も発展させていくために、一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会を立ち上げました。

💬レコーディングエンジニア・MIX師としてのそれぞれの仕事の面白さを教えてください。

ゼロからものを作り上げていくのがレコーディングエンジニアの仕事の面白さだと思います。歌だけでもメインボーカルやコーラス、ハモリなどがあり、楽器もギターやベースなどたくさんの音をミキシングしてまとめあげるので、うまく仕上がった時の感動はひとしおです。MIX師は工程がシンプルながらも案件が非常に多いのが特徴で、ミキシングという作業を通じていろいろな曲や歌い手さんと出会えるところが面白いですね。知らなかった世界を教えてもらえることが多いです。

💬仕事をする上で大切にしていることはありますか?

レコーディングエンジニアとしてもMIX師としても、聴いてくれるリスナーのことを考えて取り組むようにしています。僕が仕事上のやり取りをするのは発注者であるクライアントで、その先にリスナーがいます。もちろんクライアントの要望に応えながら作品を作り上げるのですが、クライアントの先にいるリスナーが本当に聴きたいものは何なのかは常に考えていて、仕事をする時は、エンジニアとしての技術的な観点とリスナー目線という二つの視点で、クライアントに意見を伝えるようにしています。

💬仕事のやりがいを教えてください。

発注者であるクライアントが完成した曲を聴いて、感動している姿を見た時は“やった!”と思いますね。また、僕は自分が制作に関わった音楽や“歌ってみた”動画がリリースされると、コメントまで全部チェックしに行くんです。なんならコメントにいいねまで押しちゃいます(笑)。「かっこいい!」や「今回の歌もとてもいい」など、自分が制作に携わった作品に対してポジティブな反応を見ると嬉しいですし、制作に携われてよかったなと思いますね。

💬レコーディングエンジニアやミキシングに興味のある高校生が今のうちにやっておいた方がいいことはありますか?

自分で自分の“歌ってみた”を作ってみるなど、経験や機材が無いことを理由にせず、自分でできることから始めてみることが大切だと思います。クライアントから依頼を受けるタイプの音楽制作では、“こういうのが好きだろうな”、“これが合うだろうな”といった提案を自分の引き出しから出していきます。その引き出しは聴いている音楽によって作られるんです。その中でも若い時に聴いている音楽は、年齢を重ねてからもずっと影響を受け続けるんです。音楽業界に興味がある人は、サブスクで簡単に音楽を聴ける時代だからこそ、自分から能動的にたくさんの音楽を聴いてみてください。そして、好きな音楽があったら、そのカテゴリーを掘り下げてみるといいと思います。

💬ミキシングに挑戦してみたい人は、どのように始めればいいのでしょうか?

“歌ってみた”の場合は、スマートフォンの録音機能とイヤホンのマイクがあれば自分の歌を録音できるので、まずは自分の歌を録音して、ミキシングしてみてください。アプリも無料で入手できます。歌ではなく、VOCALOIDなどの音楽制作にチャレンジするのも良いと思います。作ってみて面白かったら発展していけばいいし、つまらなかったらやめればいい。まずは短くても良いので、やってみることが大切です。機材に関しても、安くてもいいので自分のお金で買って挑戦してみてほしいですね。自分で買ったという思い入れがあると大切にできますし真剣に取り組めると思います。そして完成したらリリースして、いろんな人に聴いてもらってください。人に聞いてもらったということが経験になり、思い出にもなります。皆さんの音楽が聞けることを楽しみにしています。

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ヘッドフォン
録音時には音漏れが少ない密閉型のものを、録音以外では自然なサウンドの開放型のものなど、用途に合わせてヘッドフォンを使い分けており、現在はメインで5種類ほど使用しているそうです。

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レコーディングエンジニア・MIX師編
【モニターする】 もにたーする

音楽制作をする際に、音を聴くことを「モニターする」といい、制作時に使用するスピーカーは「モニタースピーカー」ともいう。ただ聴くのではなく、正確に監視するというニュアンスが含まれている。

INFORMATION

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一般社団法人 日本歌ってみたMIX師協会:https://www.mix-shi.org/