【インタビュー】町鳶 清水祥嗣「町の人の役に立ちたい、 何より仕事を依頼してくれる人へ恩返しをしたい」

第111回のWorker’s fileは、幼い頃に近所に住んでいた鳶の責任者である“鳶頭”の仕事姿に憧れ、鳶職人になった清水祥嗣さん。鳶の中でも“町鳶”として地域のお祭りなど祭礼行事の準備にも携わっています。自身が住んでいる町に密着して働く仕事のやりがいや、ポリシーなどを聞きました。

【インタビュー】町鳶 清水祥嗣「町の人の役に立ちたい、 何より仕事を依頼してくれる人へ恩返しをしたい」

町鳶 清水祥嗣
東京都豊島区長崎出身。幼少期に近所に住んでいた鳶頭の姿に憧れ鳶職人を目指し、17歳から鳶として働き始める。20代後半で独立し“鳶清水”を開業。鳶の中でも“町鳶”として、町の祭礼行事の準備なども行う。昨年11月には、所属する江戸消防記念会第四區八番組の小頭に任命され、現在に至る。

 

町の人の役に立ちたい、
何より仕事を依頼してくれる人へ恩返しをしたい

―仕事内容を教えてください。  

私は鳶職人の中でも“町鳶”という職種で、地域の方からは鳶頭と呼ばれています。町鳶は、一般的な鳶と同じように足場作りや高所作業の他に、コンクリート工事など建築分野の作業も行いますが、町に密接した鳶として町の人から相談を受けて木の剪定などの専門外の仕事をすることもあります。町鳶の仕事の中で最も特徴的なのは、町で行う祭礼行事の準備です。例えば、盆踊りで使用するやぐらやお神輿の組み立て、神酒所と呼ばれるお神輿を一時的に置いておく場所の設営や、お祭りの時に各家庭に提灯を付けて回るのも町鳶の仕事になります。お祭りの当日は運営として、鳶の正装である“はんてん”を着て怪我人が出ないように見回ったり、終わった後のお神輿や神酒所の片付けなども行うため、仕事の幅は広いですね。

―お祭りと町鳶の関係について教えてください。

起源は江戸時代になります。当時の鳶職人が丸太を使って足場を組む際に、縄を結ぶために掛矢という道具を使っていました。その掛矢で縄を結ぶ技術と、お神輿の棒を組み立てる技術が一緒で。その頃から、お神輿などの重い物を動かす仕事は鳶の専門的な仕事だったんです。重いお神輿を動かすことができ、お神輿と担ぎ棒を結べる、そういったつながりから鳶が専門的にお祭りなどで活躍するようになりました。

―現在の仕事に至るまでの経緯を教えてください。

私は鳶の仕事というよりも、江戸文化や鳶の正装であるはんてんに憧れて鳶を目指しました。私は生まれも育ちも豊島区の長崎なのですが、私が子どもの頃に少し離れたところに鳶頭が住んでいたんです。その鳶頭の働く姿や、お祭りではんてんを着てお神輿に乗る姿がカッコよくて。また私自身昔からお祭りが好きだったこともあり、お祭りなどで町に密接に関わる鳶頭の姿に憧れて鳶になろうと決めました。中学生の頃から鳶になろうと決めていたのですが、「中学生で鳶と決めずにいろいろな世界を知ってからにしろ」と親に反対されてしまいました。ただ自分の中では“このはんてんを着て仕事をしたい”という想いがあって。高校には入学したのですが中退し、17歳で別の町にいた鳶頭のところで鳶を始めました。独立したのは実はなりゆきで。20代中頃に一度違う仕事をしたのですがなかなか給料が上がらず、昔アルバイトでお世話になっていた方に、鳶の仕事道具であるヘルメットと腰道具を用意して仕事をもらいに挨拶に行ったんです。そこから鳶頭や他の鳶の方との付き合いが広がっていきました。そんな中、ある1人の鳶頭に面倒を見てもらえることになり、コンクリートの基礎工事や、足場の仕事などを勉強させてもらいました。日々仕事をこなしていくうちに、近所の方や工務店の人たちと知り合いになり、その方たちから仕事を相談されるようになって。人の仕事を手伝うのではなく、自分でも仕事をしていけるなと自信がついたため独立しました。また昨年の11月には、所属している江戸消防記念会第四區八番組の小頭になり、憧れだった江戸消防記念会の正会員のみが着用できる赤ばんてんを着られるようになりました。いつか着たいと思っていた憧れの赤ばんてんだったので嬉しかったのですが、本当に自分に小頭が務まるのかと複雑な気持ちでした。しかし今は、お祭りを始め、江戸文化を継承していくために、町鳶として日々仕事を頑張っています。

―鳶として働くために必要な資格などはありますか?

足場作りは高所の作業となるため、作業主任になると高所作業の講習を受ける必要がありますし、安全を確保するための命綱であるハーネスの付け方などの講習もあります。また穴を掘ったりする場合はパワーショベルなど、作業によって重機が必要な場合もあるので、それぞれの講習や資格が必要になりますね。

―町鳶としてお祭りを運営する際に意識していることはありますか?

とにかく事故を起こさないということです。我々がいい加減な仕事すると、お神輿と担ぎ棒を結んでいた紐が緩んで、お神輿を担いでいる人やお神輿に乗っている人が怪我をしてしまいます。事故が起こらないように、事前の準備はもちろんですが、お祭りの間も常に目を光らせていますね。また、お祭りの当日にお神輿に飾りつけをするのも町鳶の仕事なので、お神輿をかっこよく見せることは心がけています。

―町鳶として、お祭りなどの祭礼行事に関わることの魅力を教えてください。

町の人に喜んでもらえることが一番の魅力です。町鳶は、盆踊りのやぐら作りや、お神輿の組み立てなど、一般の方ができないようなことを専門職としてできるので、いろいろな場面で重宝されます。3年ほど前になるのですが、近所で行われたお祭りで町会長さんから依頼されて、御仮屋というお神輿を仮で飾る場所と、神酒所を作った時は本当に達成感がありました。作るにあたり、町会長さんからお祭りに対する想いや、御仮屋・神酒所に対しての想いなどを聞いて。町会長さんに喜んでほしいと思いながら作らせていただきました。私自身、いつか御仮屋や神酒所を作ってみたいという憧れがあったので、自分の町で、町の人から頼まれてそれらを作れたことはやりがいがありましたし、町会長さんに喜んでもらえたのがとても嬉しかったです。

―好きなことを仕事にされていますが、仕事をする中で後悔したことはないのですか?

昔と違って体に疲れがくるようになってきたので、“お祭り当日までにこんなに疲れていたら、お祭りに参加しても楽しめないまま年をとってしまうのかな”と思うこともあって。鳶は本来お祭りの設営や運営側なので、祭礼中に事故がないように見回ったり、棒が緩んでいないか確認したりなど、常に目を光らせていないといけないため、自分は楽しんではいけないんです。ただ私はお神輿を担いだり、お祭りの雰囲気が好きで、お祭りに直接関われる仕事は何だろうと考えた結果、鳶になったので、純粋にお祭りを楽しめないことに対して後悔することもありました。だけど最近になって若い人が入ってきてくれてからは余裕もできて。少しずつお祭りを楽しめるようになってきたので嬉しいです。

―仕事をする上で持たれているポリシーを教えてください。  

仕事を断らないということです。昔お世話になった人に「これはできるけどあれはできない、と言っているようでは鳶頭とは言えない」と言われました。そのため“これは鳶の専門外の仕事だから”と仕事を断ることはせず、頼まれたら全部引き受けるようにしています。実際にお客さんから「清水くんは仕事を断らないよね」と言われるんです。私自身、町の人の役に立ちたいという想いもありますが、何より仕事を依頼してくれる人へ恩返しをしたいという気持ちがあります。困った人が、鳶頭である私を頼って相談にきてくれているわけで。“ここに頼んだら必ず引き受けてくれるから次も頼もう”と思ってもらえるように、仕事は断らないようにしています。

―地域と密接に関わる仕事のやりがいを教えてください。

町鳶は大きい会社とは違い個人同士のやりとりなので、顔を見て話せる分、相手と心が通じやすいと感じます。仕事を断らないでいると、次の仕事につながっていくのでそこはやりがいですね。また、地域で仕事をしていると、近所の人に挨拶をするのも楽しいですし、挨拶を返されると嬉しくなります。植木を切っていた時に「鳶頭、精が出るね」と車の中から声をかけてくれる方もいたりして。自分が生まれ育った町なので何十年も前から知っている人たちばかりというのもありますが、そういうやりとりができるのはとても楽しいですし、やりがいです。

 

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土木の現場では、杭を打ち込んだり物を壊したりする際に用いられますが、町鳶はお神輿と担ぎ棒を紐で結ぶ時に使用。掛矢を使って結ぶ方が人力よりきつく紐を結ぶことができます。

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町鳶 編
【木遣り】 きやり
複数人で仕事をする際、力を一つにまとめるための合図として歌われた作業唄。土地を突き固める際に唄われる木遣りと、重量物を移動する際に唄われる“木引き木遣り”の2種類がある。

INFORMATION

\清水さんの仕事の様子がわかる動画 "若きサムライ達"/