【インタビュー】和牛繁殖農家 千葉一樹「生命の誕生を感じられると同時に、 死が隣り合わせにあるという面も含めて畜産の魅力」

第108回のWorker’s fileは、2024年4月に岩手県奥州市胆沢で和牛の繁殖農家として新規就農した千葉一樹さん。動物を育てる仕事の大変さ、その一方で感じる楽しさや魅力について聞きしました。

【インタビュー】和牛繁殖農家 千葉一樹「生命の誕生を感じられると同時に、 死が隣り合わせにあるという面も含めて畜産の魅力」

和牛繁殖農家 千葉一樹
宮城県出身。高校卒業後、埼玉県にある大学に進学。大学2年生の頃から、親戚が始めた和牛の繁殖の仕事を手伝うようになる。大学3年生の時に牛に関わる仕事がしたいと思うようになり、大学卒業後、2021年4月に岩手県立農業大学校に入学。2023年に卒業。2024年4月に岩手県奥州市胆沢で和牛の繁殖農家として新規就農し、現在に至る。

 

生命の誕生を感じられると同時に、
死が隣り合わせにあるという面も含めて畜産の魅力

 

💬仕事内容を教えてください。

岩手県で和牛の繁殖農家をしており、現在30頭の親牛と、21頭の子牛を育てています。そもそも和牛は“繁殖農家”と“肥育農家”の2つの業態に分かれていて、私のような繁殖農家は、親牛を妊娠させて産まれた子牛を10ヶ月まで育て、家畜市場で行われるセリに出品するまでが仕事です。一方肥育農家は、自分たちで育てた牛や、セリで購入した牛を一定期間育てて精肉店や卸業者に出荷するまでが主な仕事になります。私の牛舎では、5時に起きて8時まで、エサをあげる“飼養管理”をしながら牛の体調を確認します。そして、9時過ぎからお昼頃までは牛舎の堆肥出し、午後は牛を囲う柵や牛舎の壊れている部分の修復などをして、夜にまたエサをあげます。日によっては、役所や農協、支払い、資材の注文などで外出をすることもありますね。いろいろと作業がある中で、絶対に見逃してはいけないのが親牛の発情と牛の病気です。繁殖農家は親牛が妊娠して出産し、子牛をセリに出すまでの期間は収入がありません。生活するためにも親牛が発情したら“種付”といって自分たちの手で受精させる必要があります。また病気という点では、当たり前ですが特に子牛の場合、病気の発見は早い方が良くて。もし子牛が病気で死亡してしまった場合は収入は0、病気が長引いた場合は商品価値が下がってしまうこともあるので、些細な変化も見逃さないように観察するのがとても大切になります。

💬親牛への種付を自分たちでするとのことですが、どのように行うのですか?

繁殖農家には基本的にメスの成牛しかいないんです。そのため、受精させるために使う牛の精子“種”は専門の種屋から買います。私は家畜の繁殖を管理する家畜人口受精師という資格を持っているので、種屋から買ってきた種を自分たちで牛に種付します。購入した種は液体窒素が入ったボンベに入れて凍結保存しており、牛に発情が見られたら、凍結されていたものを融解して自分たちで専用の道具である注入器を使いながら種付を行います。優秀な種を持つ牛“種雄牛”の血統によって種の値段が異なるため、和牛の血統が書かれている専用のカタログを見ながら次はどの種を購入しようか決めています。

💬現在の仕事に至るまでの経緯を教えてください。

私は宮城県出身なのですが、昔、母親の実家で牛の肥育をやっていたんです。当時は牛に全然興味がなくて、部活動の剣道ばかりやっていました。大学にも剣道で進学したのですが、1年で辞めてしまって。ちょうどその時に叔父さんが新規就農で繁殖農家を始めて「暇なら手伝え」と言われ、三連休や長期休暇には必ず行って手伝いをしていました。手伝っていくうちに自分でも牛に関わりたいなと思うようになり、親に打ち明けたら案の定猛反対されてしまいました。とりあえず牛の資格を取ってから考えようという話になり、大学卒業後に改めて岩手県立農業大学校に進学しました。農大卒業後は一度宮城に戻り叔父さんのところで働いたのですが、自分でも繁殖をやりたいと思うようになって。農大時代に授業で作っていた新規就農計画書を持って宮城県の農業普及センターに行ったところ、内容が甘かったこともありうまくいかず……。途方に暮れていた時に、農大時代に授業でお世話になった牧場の息子さんに相談したら「うちに来いよ」と言ってくれて、叔父さんのところを辞めて再就職。そこで働きながら、今度は岩手県の農業普及センターに新規就農計画書を持って行ったら縁があり、岩手県で2024年の4月に新規就農することになりました。

💬岩手県の農業大学校に進学した理由を教えてください。

宮城県にも農業大学校はあるのですが、そこでは牛がいる環境で専門的なことを学べなくて……。また、牛に関わる資格には、家畜人口受精師や牛の蹄(ひづめ)を切る削蹄師(さくていし)の資格などがあるのですが、宮城では受験できる人数が限られていて、岩手県では希望者全員に受験のチャンスがあったのも理由の一つです。牛がいる環境で基礎から学び、牛に関する資格を取得したいと思ったので、岩手の農大に進学を決めました。

💬新規就農で大変だったことを教えてください。

毎日大変なことばかりですよ(笑)。その中でも就農するまでに大変だったことは、就農基盤作りですね。計画書や契約書などの事務作業から現場作業、牛舎探しや契約した牛舎の修繕などをしていました。借りる牛舎を探して、自分達で修繕工事したのは良い思い出ですが、YouTubeなど事前に見ていたより大変でしたね。ただ就農が決まるとどんどん話が進み、時間との勝負になるため、就農して牛を導入してから修繕した部分もたくさんあります(笑)。事務作業は新規就農計画書の作成が大変で……。農大時代に授業で作った計画書では内容が甘いと言われて、そこから修正するのが本当に大変でした。あとはお金を借りるための面談があるのですが、その面談では牛を売るためにどんなことをやるのか、数年後にはこれくらいの売り上げが立つ予定といった具体的な説明をし、さらに本気でやりたいという気持ちを伝える必要があります。100万や200万ではなくて、何千万というお金を借りるので、生半可な気持ちでは借りられないですよね。私は運良く2回で通りましたが、何回やっても通らない人もいるので本当に良かったなと思います。就農してから大変だったのは、今年の7月から8月にかけてです。2頭を死産で亡くし、出荷前の子牛を1頭熱中症で亡くしてしまいました。牛が死んでしまった悲しみもありますが、経営者という立場でもあるので、どうしても資金のことが頭の中に浮かんでしまって。この死んでしまった牛の分はどこで穴埋めしようか、来月のエサ代はどうしようとか、いろいろなことを考えてメンタル面がとてもきつかったです。

💬就農してよかったと思うことはありますか?

一番は自分が好きなこと、やりたいことをやれているということですね。畜産に関わってから、どんなに小さなことでも、そこにはたくさんの想いがあるということを知り、些細なことでも大きな幸せに感じます。当たり前だと思っていたことって実は当たり前ではなくて、子牛が無事産まれただけでも大きな奇跡みたいなものなんですよね。自分は本当に牛が好きなんだなと就農して改めて感じました。また、たくさんの方に応援してもらい、たくさんのつながりができたこともよかったなと感じます。昔、恩師に「牛は、尽くせば尽くしただけ、自分が努力したら努力しただけ返してくれる」と言われたのですが、全くその通りだなと思っています。

💬動物を育てる仕事の魅力を教えてください。

牛とずっと一緒にいられるということです。生き物が好きな人なら、畜産はすごく魅力のある仕事だと思います。また仕事をしていく中で、命の大切さや尊さを改めて感じ、考えさせられることがたくさんあります。お産の感動は言葉にできないくらい嬉しいし、それと同時に安堵します。その産まれた子牛が成長し、出荷するまでの物語が見られる、ある意味ドラマですよね(笑)。そのドラマは、子牛を作る前の、種となるオス牛を自分たちで選択するところから始まっているんです。生命の誕生を感じられると同時に、死が隣り合わせにあるという面も含めて畜産の魅力だと思います。

💬畜産業に向いている人はどんな人ですか?

本当に牛に関わる仕事をしたいと思う人なら向いていると思います。ただ、楽しいだけではご飯は食べられないというのは正直あって。“楽しい”、“面白い”というきっかけは大事ですが、その楽しいという気持ちだけでは経営はやっていけません。失敗を恐れない人、失敗しても前向きに考えられる人、何事にも挑戦し新しいことを取り入れられる人、慎重に大胆に物事を進めることができる人、人の意見に飲まれることなく自分の決めたことをやり通すことができる人など、向いている人の特徴はたくさんあります。どの仕事にも言えることですが、私がやっている“繁殖農家”という仕事にも答えはありません。死ぬまで挑戦、勉強、成長をし続ける必要があります。そのため信念を曲げずに、日々探究できる人が向いているのかなと思います。

💬高校にメッセージをお願いします。

人生一度きりなので、やりたいことがあるのならやるべきだと思います。私の基準ですが、30歳まではやり直しができると思っているので、30歳までにやりたいことやってみるのがいいと思いますよ。ただ30歳を過ぎたら、その時に選んだ道を極めるべきだと思います。今の人たちは怒られたらどうしよう、批判されたらどうしようと、失敗するのが怖い人が多いですよね。でも人生は正直怒られてなんぼなんです。出た杭は打たれるというけれど、相手が叩けなくなるまで出てみてください。失敗を恐れずに一歩踏み出すと見える景色がまた変わると思います。勇気を出して一歩踏み出してみましょう。

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ボンベ
牛に受精する際に種を保存しておくボンベ。中には液体窒素が入っており、牛の精液が入ったストローが冷凍保存されています。親牛に発情が見られたら、受精の時に使う専用の注入器にストローをセットして、受精させます。

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和牛繁殖農家編
【繁殖農家】 はんしょくのうか

親牛を妊娠させ、産まれた子牛を生後8ヶ月から10ヶ月まで育てて、家畜市場に出荷する農家のこと。繁殖農家が出荷した牛を購入して食肉用に育てる農家を、肥育農家という。